祖父母に会って

独り言

おはようございます〜帰宅前の朝はだいたいコインランドリー!なスミです。←投稿できてなかったです!

地元に帰ってまず、施設にいる祖父に会ってきました。祖父も入院していて、最近?施設に帰ってきたのですが、思っていたより老けこんでいて。もう92歳だから仕方ないのかもしれないけどね^^;

ただ昔の通り頭はしっかりしていて、会話はちゃんとできたので安心。

認知症からもう孫や子供のこともわからなくなり、自分で食べることができなくなり、点滴もついに出来なくなった祖母にも会ってきましたが

祖母の方が肌艶よくデコルテなんかもまぁ綺麗で。本当に死期が迫っているのかな?祖母は大丈夫なんじゃないのか?!まだまだこのまま生きるのでは?

と思ってしまうほどなんですが、もう点滴をしなくなったという事は、餓死するのを待つということでもあるみたいですね。

餓死するのを待つというと酷い話だ!となるかもしれませんが、私もネットで看護について調べてみると、

そもそも動物というのは自分でたべれなくなった時点で寿命がきているという事で

昔は年寄りが食べれなくなると、枕元に水だけを置いて衰弱死するのを待つこともあったとか。

今はできる限りの延命し、病院で死ぬのが当たり前だけど。本来動物らしい死に方を考えると、祖母の死期が迫っているのは当然のことなのかもしれない。

哀しくても受け入れないといけない事実。

今になって、母方の祖父の死を振り返ると、確か祖父GWにあって、その時私に

『たけのこ掘りに行かないと』と言ったんですよ。それで立とうとしていて。

それなのにその2週間後にはなくなったんですよね。最後に祖母に会いたいと言って。

あの時は私は、一人で1歳半の長男を連れて帰らないといけなくて、気がはっていて告別式でも微塵も泣けなくて。

まぁある意味子供に目を向けることで祖父の死を受け入れたくなかったのかもしれません。

だから母方の祖母宅で今も居るんじゃないか〜と思うほどで^^;

なんだろう。祖父の時は、はじめての身内の死で哀しみに向き合いきれなかったのですが今回の祖母の最期に向けては、ちゃんと向き合ってる方だと思います。

こんなに、子供達にまとわりつかれ、子供達にキレ倒して、一所懸命家を建てて、働いてしても

最後には平等に死んでしまう。

そう思うと、何かに執着していることがバカらしくも感じますね。実際は執着してしまうのですが。

私はあとどのくらい生きられるだろうか?

何度両親や子供や、夫と会えるだろうか?

この生きている間に

やりたいことはどんどんやって、最期は全てを手放せるようにしたいと思います。

でわまた

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